【返報性のルール】『男が女に求める見返り』編

返報性のルール

小学5年生を教えるある先生が、手紙にこんなことを書いてきてくれました。生徒に過去・現在・未来時制についてテストを行った時、「私は与える(I give)の未来系は ? 」という設問に、ある元気のいい男の子はこう答えたそうです。「私はもらう(I take)」。この子は文章のルールについては間違えたかもしれませんが、より大きな社会のルールは的確に把握していたと言えるでしょう。

引用:影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか




影響力の武器から学ぶ返報性のルール

これは、既に心理学についての古典的名著として名高い『影響力の武器 』からの引用文。

何かをもらったら何かをお返しする……もはや我々の遺伝子に組み込まれているかのごとく “常識化” してますよね、「ギブ・アンド・テイク」

今回は『影響力の武器』の内容のほんの一部ですが、『何かをもらったら何かをお返ししなければならない』という私たちの心理、「返報性のルール」について書いていきたいと思います。

もしもその親切、意図的にあなたからの「見返り」を引き出そうと最初から仕組まれたものだったらどうします……?

「返報性のルール」とは

ざっくり説明すると「返報性のルール」とは、「行為の受け手は将来それに対して《お返し》をしなければならないという義務感にかられますよ~」ということ。

例えば、「同僚が残業して仕事を手伝ってくれた」、「友人が誕生日にサプライズパーティーを開いてくれた」……もっともっと単純なことだってそうです。

何かをしてもらうと将来何かの形でお返ししなければという義務感が生まれますよね。

それが「返報性のルール」です。

私たちは望みもしない行為への「お返し」もしてしまう

この「返報性のルール」、心理学的に非常に強い力をもっているとされているようですよ。

『影響力の武器』を読んでいて興味深いと感じたのは《望みもしない行為》を受けた場合でもこのルールが適用されるというところ。

でも確かに、全然必要ないものをもらったときでも、後から「ありがとうございました。これ、少しですが」って……お返ししちゃいますよね。

もとより、借りを作る相手が自分で選べないとしたら、私たちはそれを悪用しようとする人間への防衛策を知る必要がありそうですね。

『返報性のルール』その防衛策を考える【実践編】

私は若いとき、10年ちょっと水商売をやっていました。

ちょっと思い出したエピソードがありますので書きますね。

VIP客の佐藤(仮名)とのアフターでの出来事です。あ、間違えました。VIPのお客様の佐藤さんねw。

case2:飲み屋のアフター

影響力の武器あるあるcase1

『影響力の武器』心理学で身を守れ ! 〜カモからの脱出〜
『影響力の武器』は心理学をわかりやすく説明した古典的名著です。詐欺師にとって『容易くカモになる』人間とはどういう人間か……今日はおもしろ深い、心理学の世界をのぞいてみたいと思います。

佐藤さんはススキノ界隈の飲み屋ではやんわり顔の通った、某企業の管理職ポジションにいる方でした。

俺の店だと言わんばかりに結構ワガママを言う佐藤さんとその仲間たち。私はありがたいことに、その席で数回指名をいただいてたんですね。

だいたい数回指名で来店されると、「終わってから飯行かねーか」ってなるんです。これがいわゆる「アフター」というもの。

せいぜい断るのも2~3回が限度(店にとっての客の重要度による)でしょうから、程よいタイミングでアフターにつきあいます。

これも「返報性のルール」です。罪悪感がありますから何回も断れません。

返報性のルールと男が女に求める見返り

指名していただいた分何かを返さなければならないという気持ちが生まれるのは、この返報性のルール上、至って普通の反応です。

しかし、お客様の中には「アフター」からの、さらなる“ステップアップ”を狙っている人もいる。

申し出をはっきり断ってしまっては、それを理由にして次回のご指名は望めなくなるでしょう。

なんとかうまい対処をしたいものです。

先手必勝

おそらく、店に十分通った佐藤さんはこの頃こう思っています。

「十分に金は使ってやった。この女はもっと見返りとして俺に『何か』を支払うべきだ」と。

そしてまた、アフターに行かなければならない日はやってきます。

しかし、このとき私が思いついた策が「抗・返報性のルール剤」となり、めでたく形勢逆転となりました。

なんてこたぁありません。食事が終盤にさしかかったとき、私は佐藤さんがトイレに立った隙にお会計を済ませた、ただそれだけ。

「いつもお世話になっているので今日くらいは」

私がそう言うと、佐藤は言いました。

「お前、ずるいな !! 」

影響力の武器で紐解かれる佐藤のものさし

佐藤は最初から計画を企てており、「返報性のルール」を理解したうえで(もちろん心理学として理解していたという意味ではなく)見返りの圧力をかけてきました。

しかし、想定外の私の《お返し》によって全ては帳消しになり、それ以上の見返りを求めにくくなった、というわけ。

物事や金額の大小に関係なく、「ギブ・アンド・テイク」が成立(相手が認めた)した時点で取引は完結します。

だから、よく考えるとサービスに見合っていない金額を支払っているのに、テクニックで翻弄されているその時は詐欺だと気づかず、妥当な金額だとさえ思ってしまうのです。

考え方によってはこの場合も、自分のよこしまな考えとトータルの出費に対する「見返り」が、『たった1回の私のおごり相当の価値であると認めた(勘違いした)結果だと言えるのかもしれません。

逆説的に考えると、望まないものを受け取ったときでもお返しをしたくなるように、その《お返し》だって実は自分で自由に選択できるものなのかもしれないと私は思います。

佐藤さんは店を出たあと、「次どーする」とは言いませんでしたw。

今とは比べ物にならないはど凄腕の「前時代的オッサン」がウジャウジャいた時代だったな……

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

おわりに

私たちを丸めこもうとするものに対する最善の防衛策は、他者の最初の申し出を杓子定規に否定してしまうことではない。むしろ最初の親切や譲歩は誠意を持って受け入れ、あとで計略だとわかった時点で、それを計略だと再定義できるようにしておくことである。再定義が成功すれば、受けた親切や譲歩のお返しをしなければという気持ちにはならないのである。

引用:影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか